本当は、『「好きな音」だけではすまない、原寸大のクラシック』とかのテーマで、記事にしようと思っていたんですが、実際録音してみると、そのあまりにも実際の音との違いに愕然としまして、これでは、「いいでしょう~」なんて感じで音源紹介できないと悟りまして、文字通り、「チェンバロ再生は難しい」という記事となりました… 基本的に、聴いていただいて、ああ~なるほど…、という風に思っていただくために私いつも自分の音を皆さんに聴いていただいてますので、自分が聞いた時点で、端から駄目だと思えるものは、アップしないんですが、でも、チェンバロ鳴らした音も聴いていただきたいし、でも、あまりにも実際の音と違うんじゃ、聞いていただく意味が無いし… でも、図らずも、このことで、改めて思うことが出来ました。 チェンバロ再生は、難しい。 特に、録音でそう感じましたね… 今までは、多少高域シャラシャラ、低音出てなくても、まあ、聴けましたよね? 脳内補正していただいて。笑 で、その上で、音の判断も出来たかと思いますが、チェンバロは、そうはいかない。 チェンバロはその脳内補正が効かない。 ご存知のように、ディナウディオS5.4のユニット配置は逆三角形。いくら聴感上、高音が浮いて、低音が下がるとはいえ、当然、そのままでは高域が下に停滞気味に鳴り、低音が上から降り注ぐ、ということになってしまいますから、何らかの対策はされているでしょう。例えば、どうも一番上のウーハーは逆相のような気がしたり、多分想像ですが、ネットワークで位相ずらしたりして、聴感上、ちゃんと一体に音が聴けるようにしているんだと思います。 ま、当たり前か、自作じゃあるまいしね。 実際、私がいつも録音する時のマイクの位置は、一番下にあるツイーターの位置ですが、そう思って、少し上の位置にしてずらしてみても、実際はそちらの方が高域が強調されたりしますし、もっと低音を拾おうと、上のウーハー付近にマイクを持っていっても、低音が録れるわけでもありませんでしたし。 で、今回もいつものマイク位置で録っては見たものの、案の定低音が録れていない。というより、低い音にいけばその低音は聴けますが、問題なのが、一音一音に明らかに低音成分が無い、ということ。 ペラペラ。 勿論今までもそうだったんですが、それでも聴けました。 でもチェンバロでは聴けない… 恐らく、チェンバロはその周波数帯域が狭いからなんだと思います。 音色の変化も少ないし、その構造上、演奏の表情の変化も付けにくい楽器ですしね。 だから、少しでも必要な成分が足らないと、もう、チェンバロとしては聴けなくなる。 許容範囲をすぐ超えちゃう。 だから思いました。 チェンバロ再生には、遊びが効かない。 再生側に許される音作りは、チェンバロに限っては、ほとんど残されていないんじゃないかって。 だから、個人的には、多分、ヴィンテージでチェンバロって、楽しめないのではないか思います。 だって、ヴィンテージの良さって、スッペクの劣る古い録音の音源を、デフォルメして、それこそ本物以上に聴かせることだから。 声や他の楽器ならそれで楽しめるだろうけど、細く、すぐ折れてしまう、鳥の羽の軸で作った爪で弦を引っ掻くことで出されるあの繊細な音を、声や他の大きい音が出る楽器と同じようにデフォルメしたらどうなるか。 勿論、だからこそ、ヴィンテージの価値って、あるがままの再生とは違うところにあるんですけどね。 チェンバロ再生にはまず、音の情報が欠落していなく、解像度か高いことが必要でしょうし、ユニットの帯域バランスがいいこと、位相が整っていること、なんかは最低条件のような気がします。 その上で、あのテンションのかかっていない軽いタッチ、それでいて撥弦鍵盤楽器としての芯のある音、ピアノとは違う一音一音が、標高の高い澄んだ夜空にきらめく無数の星のごとく、手に取るようにわかる、素朴で軽い、それでいて決してくすんではいない、気品ある華やかな響き… そういうの、出さなきゃ、チェンバロじゃないでしょ?笑 まあ、私の実際の音もなかなかそんなのは出せてませんが… で、今回マイク位置はいつもよりCD一枚分上げまして、距離も5、60センチスピーカーに近づけました。 スピーカーとの距離はやはり近い方が低音成分が拾えますし、高くしてスコーカーに近づけたお陰でしっかり下支えが出来、芯があり、はりのある、本来の音に近づきまして、その分高域に変なシャリシャリがやはり出ていたので、それは、再生ボリュームを上げ、録音レベルを下げることで解消しました。 ある一定のレベル以上で、マイクに高域がシャリシャリする癖があるようです。 で、そのチェンバロ演奏は、以前にもご紹介した、曽根麻矢子さんのバッハの「トッカータ」から1曲目、ニ長調 BWV912 です。 で、ジャケットにもありますように、このとき使った楽器がこれです。↓ ただこの楽器、フランス式ですから、クラヴサンですね。 私は、この楽器での彼女の演奏を聴いていますので、余計、こんなはずじゃない!って思うんだと思います。 実際の音はもっと美しいですし、楽器も、本当に素敵です。 再生時は、画質を最高の720pHDにしてください。 音質も良くなります。 つまり、聴けるレベルになるということですので、是非。 彼女の明るいバッハを聴くと、本当に幸せな気持ちになれます。 それは彼女がバッハを愛し、チェンバロが好きで好きで堪らないからなんだと思います。 で、音は… […]
Archive for the '曽根麻矢子' Category
チェンバロ再生は、難しい… 録音も…
曽根麻矢子のバッハ "ゴルトベルク"
今日はチェンバロを聴きます。 曽根麻矢子。 私が、チェンバロを聴くようになったのも(といっても彼女しか聴いていませんが・・)、彼女のおかげ。 吉祥寺の新星堂だったか、そこの視聴機にあった彼女のバッハ「トッカータ」を聴いたのがきっかけでした。 たまにはこういうの聴くか・・ というのもありましたが、音が良かったんですね。笑 それで、自宅の装置で聴いて見たくなったというのもあります・・ それと、発売記念に、そのCDを買うと、彼女の演奏会にご招待という特典があったのが大きいかもしれません。代々木上原にある「Musicasa」というおしゃれな小ホールでしたね。そこで聴いて、ファンになってしまったというわけです。そのとき専用の小さな色紙にサインしてもらいました。 チェンバロ自体は、中学のとき吹奏楽の先生が自分のチェンバロを音楽室に持ってきてくれていたので聴いてはいましたが、本格的な演奏会はそのときが初めてでした。 その後彼女の演奏会も行きましたし、CDも買いました。 これです。笑↓ 1964年生まれの彼女は、桐朋学園高校ピアノ科の時、バッハを理解するため始めたチェンバロの魅力にはまってしまい、高校卒業後は、通奏低音奏者となります。スコット・ロスの弟子として有名かもしれませんね。 はつらつとして率直。頑固で一途な、彼女の性格そのままのチェンバロです。 【バッハ/ゴルトベルク変奏曲BWV988】 曽根麻矢子(チェンバロ) 使用楽器:18世紀フレンチ 1998年、パリ17区、パロワーズ・リュテリエンヌ・ドゥ・ラサンシオン リッピングドライブ:PHILIPS CDD3610/85 リッピングソフト:POIKOSOFT Easy CD-DA Extractor PC : Windows XP Pro Core 2 Quad Q6600 2.40GHz AVI作成ソフト:AVIMAKER FLVへのエンコーダソフト:MediaCoder 音声はMP3 【収録曲】 1.アリア 2~16.第1変奏~第15変奏 【収録曲】 17~31.第16変奏~第30変奏 32.アリア ニコニコ動画のコメントに、「弾いているだけだな」とありまして、・・・・んーそういう面のあるかな・・と納得してしまいました。といってもほかのチェンバロ、ゴルトベルクは知らないのでなんともいえませんが、ただ、深みはないと思います。バッハにある哀愁も感じないですしね・・ でも、このCDは結構好きで聴いていました。 何故か。 彼女はこのCDのライナーに “私が子供のころから好きだったバッハの音楽。 人生で、どんなに辛いことがあっても、 バッハの音楽があればのりこえられるような気がする。 このCDを聞いてくださった方が、もしも少しでも幸せな気持ちになれたりしたら、 そんなに嬉しいことはない。” そうなんですね。彼女には、バッハに対する愛、彼女なりの最大級の共感があるんです。そして演奏にそれを感じるんです。「元気になってほしい・・」そういう思いが、彼女のこの明るいゴルトベルクには詰まっています。だから私もこれを聴いて元気になります。気持ちがいいんですよね。 この演奏は彼女とバッハとの私小説。 作曲家への愛、作品への共感。 テクニックより何より、演奏家には必要なものでしょう。 といっても、彼女、テクニックも凄いですけどね・・ […]